2016年07月23日

まだまだ足りない資料いろいろ

誰でも入手可能な資料では、所詮参考されど参考!

入手可能な物は参考になるが、それ以上の情報は無い。でも、これが無いと参考にするものも無し。奥が深い資料の数々の一部。信虎公、信玄公の資料もまだまだ集めるし、図書館資料や地域の村史や市史も、信濃も甲斐史からさらには・・・・ これはまさにライフワーク。信虎公⇒信實公そして信氏、さらには晴信公の嫡子太郎義信の子が、塩尻の地へ信實公に預けられてかくまわれていた事。甲斐征伐の際には、信全は塩尻に、信氏は甲斐で一条信龍と共に討ち死。この裏付けとなる資料や“組頭にも組子にても無き衆”として、晴信公直轄親衛隊組織で、兄晴信公の命で自由に動いていた行動は秘密裏に行われたため、現在著しく資料は無し。嫡男信俊の子以下、徳川家旗本になった川窪武田家嫡流は資料が少しはある。しかし、最後まで勝頼公に味方し織田家に討伐された川窪武田家庶流の一族は、その後の資料も無いに等しい。中々大変な資料探しですが、歴史のロマンは夢があったりもします。
  


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2016年07月19日

東海地方は梅雨明け? ここは??

そろそろ梅雨明けみたいな良い天気でした。しかし、今日はオートバイで快走は出来ず・・・
 朝から暑。いよいよ夏本番になったのは昨日から。東海地方は梅雨明け?甲信越はまだ? 今日みたいな日にこそビーナスラインに涼みに行けばよい物を・・・
こんな日に限って色々と雑用。今月はずっとそんな調子泣きがします。来週もおそらくはまた・・・ しかし、朝のテンカラかに午後のひと時は走る事が出来るかな。ビーナスラインか、真田丸のブームにのって上田城でも行こうか。上田城と言えば、以前2回ほど行った。当時は今の真田丸を大河ドラマに!と盛り上がっている時で、世間は戦国バサラの影響か何かで、子供達が戦国武将に詳しかった気がします。当の私も、幸村=信繁とは知らず博物館でミニラ1号に教えてもらった気がします。だいたい、自分は歴史的な興味というかは、小学生の時から戦国時代と大和朝廷から奈良飛鳥、そして戦国時代が好きなわけです。なぜか織田信長と武田信玄公は好きな武将でした。
さて、その戦国時代の大河ドラマである真田丸。展示物を見なきゃだめでしょうな~。余談ですが、子供の頃にお盆になると母親とご先祖様にい線香を上げるのは当然でしたが、子供心になぜ位牌の名字が違うのかな~と思っていた事を思い出します。後に理由ははっきりするのですが、それはだいぶ後になってからの事。没年が天正時代ってのは小学生の自分の中でも戦国大好きだったので理解したのですが、なんとなくカッコイイ~と手を合わせた小学生でした。この季節になると夏休みが近いので、今でもそんな事を思い出します。さらに、色々なお化け話しは懐かしいけど当時は怖かったものですね。懐かしい~。
まったく意味不明なつれづれになってしまいました。 なんだかわけもわからぬ展開で、終わってみたらマルケス優勝、ダニ君は6位みたいな。展開のよめない本日のお話・・・
  


Posted by テンカライダー at 23:06Comments(0)4ミニと普通のモト

2016年07月15日

夏のテンカラ 増水版

かろうじてボーズは回避した。デブイワナ!連日の雨で餌は豊富か?? 

 まるで釣れない反応しない・・・もっとも、餌釣り師が3人ほどいたので、その後だからと言う事にして・・・ 10時からテンカラをやっている様ではねぇ。そりゃ釣れんはな。 ボーズかと思った時に何とか27cmくらいのデブイワナが増水に乗って走る走る。面白かったがそれなりサイズ。ボーズが回避できて良かったと思いますね。さて、この川は木曽川本流の上部。実は、護岸に鉄の細い梯子が川に下りれる様につけてあったのですが、がたつくものの何となく嫌な予感がしながらもゆっくり、確かめるように下りだしたら・・・ グラグラと来て、そのまま川まで垂直にまっすぐ落下。梯子の足が川底の砂地に刺さって倒れず。不思議に梯子が自分の重さで、後ろに倒れなかったのは幸い。万が一、そのまま背中から川に落下したら、石にぶつかり、水深60cmくらいのなかに梯子を(鉄で一人じゃ持ち上がらなかった)布団に、怪我で済めばまし。ややもすると・・・・水中に梯子の布団でそのまま永遠の眠りになる可能性があった。運が良かっただけで助かった。今あらためて考えるとぞっとする。昔から上り下りした鉄梯子だから、すこしグラグラしても大丈夫だろう~と思ったのがあまかった。皆さんも注意してくださいね。魚釣り出来て良かったわ。

  


Posted by テンカライダー at 19:44Comments(0)釣り

2016年07月13日

探していた書籍。

なんとか時間はかかったけれど注文できました。

 これだけは探してもなかった。中古で9000円とか、わけのわからん金額で販売されている。もっとも、自分の所有する某書籍は、定価1400円でも、現在の価格は10000円を超えている様子。それにしても、そこまでは出せないと粘って探して結果。これは入手できました。どれを読んでもおおむね内容は同じですが、事実の解釈というか書かれた年代により新たな事実が分かったりもします。武田(川窪)信實と、その側室の子で塩尻に住み天正10年の甲斐討伐で最後まで勝頼公に従った御親類衆の川窪淡路守信氏の手掛かりを探すのには、勝頼公を調べないと話になりません。そして、どこかにしまい忘れ、紛失したままの極秘資料。勝頼公からの知行状。
いつか信氏そして信全の存在を公にしたいと考えております。
  


Posted by テンカライダー at 21:23Comments(0)いろいろ

2016年07月12日

SRつれづれ3

休日の朝はいつもの峠からこの場所に来てコーヒータイム。

 ここで朝のコーヒー(缶ね)を飲み、快走して帰ります。それにしても、SRというオートバイは中々楽しい。インジェックションだからスタートも簡単。ごくごく普通のデザインの普通なオートバイだから飽きないのか・・・ モンキーも同様。どうやら大きさや排気量の違いはあれど、そのベクトルは同じなのかもしれない。いや、同じなんだと思えてならない。そんな中、XSRに興味はあるが一番の問題点は足がつかないだろうと言う事。今までも片足バレリーナ状態でリッタースーパースポーツなどを普通には乗ってきている。しかし、借り物ニンジャでツーリングして良くわかった。ハンドルやポジションや大きさよりも、自分にとって一番重要な事は・・・両足のつま先がある程度着くこと。これだとかなりの安心感を生む。少なくとも片足バレリーナではなくなる。こうなるとUターンなどが、格段に楽になる。冷静に考えると自分の心理的な面が一番なのだとは理解しているが、やはり違う。少なくとも、どこでも気兼ねなく乗る気になる事は事実。でも、こう感じるオートバイは、逆に名車なのかもしれないとも思う。
  


Posted by テンカライダー at 22:33Comments(0)4ミニと普通のモトいろいろ

2016年07月10日

気になるオートバイ その1

気になってしょうがない。見た目とは裏腹にスポーツ度抜群らしい。

 カウルが無いから高速はつらいと思いますが、峠とかで走らせたら面白そうなオートバイだと思います。直感がそう叫ぶ~ と言うか、インプレ記事を見ると当たり前にそう書いてあるから、ますます乗りたいと思えてくる。しかし、足は着かないから取り回しは大変か?? 意外に扱い易そうだし、ニンジャみたいに乗れるかな・・・ ニンジャは両足が着くから取り回しは簡単だと思う。長距離でもハンドルが遠い中途半端なポジションのくせに意外に疲れなかった。気楽だからか・・・ 果たして、XSRはいかがなものか、ますますと乗りたい気持ちは盛り上がる。しかし、あと少しで20万キロのボロボ。この2年のうち(車検も継続し、ABSも修理した)には買い替える必要もありそうだし・・・XC70かV70いや、60? でも、コンパクトな40が良いかもと思ってもいる今日この頃。ボロボいや、ボルボって良いわ~。
話はそれた。そう、SRが普段使いに最高だしXSRか・・・カウルないから、ニンジャの最終でも乗るかなどと、最近は大好きなホンダとヤマハ以外のメーカーでも、良いと感じるオートバイは何でも良い傾向がある。
  


Posted by テンカライダー at 23:04Comments(0)4ミニと普通のモト

2016年07月08日

川窪淡路守(源朝臣信氏)

武田(川窪)兵庫頭源朝臣信實公の軌跡・・・

 市立図書館で色々と調べ、信濃の城と館(松本・塩尻・筑摩)編 宮坂武男著および、大正八年の東筑摩郡誌の城の行から、その名前を発見した時には、本当にうれしい思いでした。 極秘伝来資料から、間違いなく武田晴信公(お館様)が信濃侵攻で、現在の塩尻市西条地区一帯を制圧したのは、ほぼ天分17年ごろになると思います。そのさいに、甲斐軍団は北熊井一本杉から大宮八幡や赤城山一帯に布陣。そんな歴史をたどります。その西条地区は信府(松本)から諏訪や伊那方面へのかなめとして、小笠原家が城を築いていましたが、これを制圧しこの要所に弟である、武田信實一派を置きます。上野山城は信實が城主となり、やがてはここを起点に信濃制圧、木曽方面には本体は比叡山付近に布陣。などと続き、やがて永禄8年には西福寺やこの前後に三嶽神社もつくり、この地を治めます。やがて運命の天正3年、長篠で信實は討ち死。翌4年に勝頼公からここを七〇〇貫文で知行されたのが、川窪淡路守源朝臣信氏。この年一三歳。内室は一条信龍の養女(実晴信の子女)。このつながりにより、天正一〇年の甲斐討伐では、信氏は一九歳の若さで一条館で討ち死。最後まで勝頼公を裏切らず戦ったと思います。
上野山城のいきさつは城主不明等と殆どは記載されていますが、小笠原家から川窪武田家が変わる事になり、ここには信實、信氏そして太郎義信の子、信全が館を持っていました。川窪信實家は、徳川旗本からやがて武田に復姓した信俊家と、塩尻後で今も続く信氏家、信全家が甲斐川窪一族の起こりでした。やがて武田家滅亡後、川窪から小笠原家が復権すると、小笠原家配下として大坂の陣で討ち死した一族もいたわけです。川窪信全の内室は小笠原宗春の息女。やがて、信全の嫡男は小笠原家に養子。お互いもとは摘。政略結婚の人質になった様な時代でした。と、まあこの話は色々とまだまだライフワークとして調べて行きますが、塩尻市一帯は要とされて統治されたことが分かります。信實の館は古府中(躑躅が崎周辺)に、兄弟の中で唯一無いとは思いましたし、その存在すら極秘レベル。義信の子と、塩尻西条での密かな隠密行動など、信濃侵攻の先陣偵察行動を担っていたこともつじつまが合っています。歴史は想像することもまた楽しい。ここでした調べられない、わからない川窪武田家や晴信公の事。戦国期の事はまだまだいろんな事実があるのでしょう。面白いライフワークです。
  


Posted by テンカライダー at 23:16Comments(0)いろいろ

2016年07月05日

スマホのカメラ

スマホのカメラも使い方次第? 逆さにして写してみるとこれが意外に良い感じでした。
 いつもと違う写真が撮れる気がします。空の色や背景、オートバイも含めていつもに比べて露出もうまく出来た(自動だが)そんな気がしました。昨日の草刈り疲れは無くて良かった気がします。ここで一服し本日こそビーナスラインだな~と思っては見たのですが、ミニラ1号と共に不在者投票やらその他もろもろと、色々所要があるので断念。
朝のひと時だけオートバイを走らせて見ました。しかし暑い。メッシュのジャケットの効果は一瞬で分からなくなりました。夜間走行になると冷えすぎるのが信州だとは思いますが・・・ 久しぶりにこれを走らせましたが、やはり乗って楽しいオートバイです。ニンジャも良いけど・・・ さて、次回はSRのスマホ逆さ写真でも撮ろうかと思いました。





  
それから・・・ 今日の不在者投票は、人生初選挙となるミニラ1号(長女ね)を引き連れて選挙。新まいの投票者に信毎の出口アンケート依頼があり、嫌だとか言いながら答えているのは、ちょっと面白かったですね。そしてその後は、突然資料を見つけに図書館へ。新しい図書館には初めて行きました。そしたらついに!武田家統治が始まった天分年代のいきさつや、上野山城などの事を書いた書籍を見つけました。上野山城は溝口氏(小笠原配下)⇒川窪淡路守。そして武田家滅亡の天正10年以降は再び小笠原家。 そして、太郎義信の子、信實預とされた信全の内室は、小笠原宗春の息女。まさに政略結婚だったのだろうと思いました。天正3年に信實が長篠で討ち死にし、その7年後の天正10年。甲斐征伐で信氏が討ち死にするまでの間。ここは淡路守信氏が城主だったことが、極秘資料以外で見つける事が出来、なんだかうれしく思っています。


  


Posted by テンカライダー at 21:26Comments(0)4ミニと普通のモトいろいろ

2016年07月04日

SRつれづれ2

今年3度目の田んぼの草刈りの後、雨雲は怪しいものの少し走るならSRで・・・ビーナスライン。

 SR400SPカタログカット?? 霧ヶ峰でニッコウキスゲを見て、蕎麦でも食って帰ってくるつもりで、ちょっと走りに行った。今にも雨雲はやって来そうな空模様。それでも空いていて気分よく走る事が出来たのは写真を撮るまでの事。毎年、モンキー以外はすべて?S1000RRは無かったかな・・・ここで写真を撮るか、このもう少し白樺湖よりの路肩で写真を撮っている。最近数年はここばかりだが・・・ 青空は今一。過去、自分の一番の写真はAPE100で一番最初に写した2005年か6年だと思う。この時が一番だった気がする。さて、この他にも写真を撮って白樺湖でUターン。富士見台の食堂で蕎麦でも・・・ 原付免許交付のその日、ゴリラと友人のRG50Eとで走りに来て、ここで昼食を食べた。以来、彼とはここに来ると同じ店で昼を食べた記憶がある。その場所、16歳から一気に35年。蕎麦を食おうと立ち寄る刹那。山の天候は急変する。

 お約束の写真はこれ。それにしても、一気に走ってささっと写真。もう12時は回っていたので、すぐにでも蕎麦を・・・ 駐車スペースでふと気づけばシールドには雨粒!大したこと無いか?と思ったがやばい雰囲気。ここは屋根が無いので蕎麦を食っている場合ではなさそうだ。仕方なしにそそくさとカッパを来て帰路に着いた。割と強い雨脚に大好きなヘアピンやニッコウキスゲは写真すら撮れず。雨の走行は嫌いじゃない~。むしろ得意だし・・・と、いろいろとポジティブ思考でレインを快走。面白かった。高校時代にTT100は雨に弱いと言ったのは誰だ??当時はそうだったのかな。確かに時折何となくヌル~と雨で滑るインフォメーションは伝わったが、さしてスピードが出るわけもない非力なSR。全く問題く快走してきました。涼しくて気持ち良かった~。

 まあ、写真を少し撮れただけでも良しとしましょう。暑い時は霧ヶ峰~。しかし、真夏の炎天下だと、霧ヶ峰と言えど暑いけど・・・爽やかさが違うかな。ちょっと走りに行ける距離に、こんな素晴らしい場所がある事は、すごく感謝しなきゃいけません。さすが信州だな~。梅雨明けにもう一度か・・・




  


Posted by テンカライダー at 21:40Comments(0)4ミニと普通のモト

2016年07月03日

SRつれづれ

1978年。早生まれの自分は、一時期“新人類”の境界線に立つ昭和40年 1965年の生まれ。同級生はみな、旧人類??の昭和39年生まれ。今となっては、いや、すでに死語だな~
 すなわち、発売された当時は中学2年と言う事になるか。翌年には高校受験もそっちのけで、レースのためには免許が無いとライセンスがとれないなどと、少ない情報からオートバイ一辺倒の時を迎える。興味はRZ250やZ400FX。Z750FXのカッコよさには憧れ、このころからホンダが世界GPに復帰し、世界チャンピオンのケニー・ロバーツと戦う事になると知った時代。まだまだ、自分の中でSRはあまり知った存在ではなかった。

 そして迎えた高校1年。80年の幕開け。TZに乗らなきゃ世界への道は無い!などと、当時盛り上がる4時間耐久レースには、少し興味を持ちつつ、不思議とSRの存在にひかれていった。やがて、今も手元に残るカタログをもらった自分にとって、乗って見たいバイクとして認識された。もう一台は、ホンダモンキー。モンキーはモンキーで色々と話が長くなる。今はSR。果たして、SRには一度も乗る事は無く48歳を迎えるまで時代は一気に進む。手に入れたSRは、面倒だから楽なFi!と決め、おこずかい=へそくりが枯渇した自分は、2010年の中古を入手し現在に至る。
当時のSRに似せたのがこれ。でも、足回りは安いなりにコストはかけず、開けたらリアから向きを変えて行くSRにセットアップした。さらにエンジンには若干の手を入れたいから、ラピッドバイクイージーでも入れたいとは考えている。予算が枯渇している。トラクターの次は車、愛車ボロボをボルボにしたい気もする。それよりSRは・・・

 最新のSRはカッコイイな。このカラーね。自分のSRはTT100からバトラックスにしたいと思いますが、それよりまずはこのSR。黄色いモンキーと黄色いSRを並べて、さらには黄色いXSRでもあれば最高かな。と、こうして考えるとレース関係やそのすじのオートバイよりも、遅いけど等身大なSRやモンキーでゆっくり、気長に楽しむのも良いものだと感じる。SRの魅力はボルボに乗った魅力と通じるものがある気がしている。
黄色タンクも良いが、やはりSR400SPカラーもどきも、良いものだとは感じている。次回はSRで長篠だな。


  


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2016年07月01日

新たに資料を購入

川窪信實殿は本当に資料が無い。手元にあるわずかな、伝来の極秘資料しか手がかりは無し。

 色々な資料を調べ探しても、信實についての資料はまるで無い。唯一取りだたされるのは、“長篠の戦い”の中で最近注目されてきている、“鳶ヶ巣山” での出来事位か・・・ 長篠城跡史跡保存館で頂いた資料を見ても、設楽原資料館にも何もない。ガイド資料の年齢・・・信實殿は33歳。手元の秘蔵資料には、御年四十七歳との記載がある。 現代の西暦だと1575年の6月29日が、旧暦天正3年5月21日。この日が命日であるから、逆算すると数え歳を考慮すれば1529年の生まれとなる。もし33なら、1542年の生まれとなる。信虎の5男か7男か10男か、色々あるが自分の資料だと5男で信龍が弟となる事説が正しいと信じている。信龍の養女(実はお館様の女子すなわち、晴信公の子)は、やがて信實の子の一人である信氏に嫁ぐ。その信氏は甲斐征伐で討ち死。場所は甲斐館。一条家は血縁であり嫁の実家でもあるので、一族として最後まで戦ったのである。享年19歳。そして、異母兄と思える信實家家督は新十郎信俊 手元資料は新十郎信孝。こちらもまた、この時19歳。おそらくは信氏が18歳で、異母弟であったはずだ。そんな色々な事を裏付けする資料が欲しい。そんな心境でこの2冊も購入。まあ、信實の事は殆ど記載が無いのが正直なところでした。まだまだ続く・・・そして、今一度長篠へ行く必要がありそうです。
  


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